< 名張毒ぶどう酒事件、足利事件、郵便不正公判 kenji145のひとり言日記
プロフィール

kenji145

Author:kenji145
 男。年齢は書かないことにしました。趣味は競馬、ゲーム、ネット、ドライブなど。詳しくは下記サイトを。

kenji145の募金りんく~クリック募金の紹介とアクセス募金~
 クリックするだけ、無料でできる募金サイトのリンク集。アクセス募金も実施中。このblogのメインサイトです。

カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
RSSフィード
QRコード
QR
その他
あわせて読みたいブログパーツ

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--------(--) --:--:--】
Trackback(-) | Comments(-)
名張毒ぶどう酒事件、足利事件、郵便不正公判
名張毒ぶどう酒事件:再審開始決定取り戻したい…弁護団長(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100408k0000m040115000c.html

 名張毒ぶどう酒事件の再審請求で、審理を名古屋高裁に差し戻した最高裁決定を受け、奥西勝死刑囚(84)の支援者が7日、名古屋市東区で集会を開いた。弁護団長の鈴木泉弁護士は「決定を読めば読むほど『何で再審開始決定ではないのか』との思いが強い。今後は新証拠の価値を一層確かなものにして再審開始決定を取り戻したい」と述べた。【秋山信一】
 集会には支援者や弁護士ら約25人が参加した。鈴木弁護士は、最高裁決定が再審開始ではなく農薬の再鑑定を命じたことに「最高裁は原則として証拠調べをしないのに、検察が新たに提出した化学専門家の意見書に惑わされ『どちらが正しいか分からないから差し戻す』とした」と批判。その上で「決定は5人の裁判官の一致した意見となっているが、一部の裁判官は再審開始という意見だったように思う」と話した。
 奥西死刑囚のこの日の様子も報告された。面会した「奥西勝さんを守る会愛知」の田中哲夫事務局長によると「一夜明けてどうですか」と聞かれた奥西死刑囚は少し表情を曇らせて「よく考えてみたけれど、どうして再審開始決定にならなかったのかあ」と答えたという。


足利事件:菅家さんの選挙権回復 10年ぶりに名簿登録(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/today/news/20100414k0000e040019000c.html

 栃木県足利市で90年に4歳女児が殺害された「足利事件」で、再審無罪が確定した菅家利和さん(63)の選挙権が14日、回復した。選挙権の回復は、最高裁が上告を棄却した00年7月以来、約10年ぶり。14日午前に開かれた市選挙管理委員会で選挙人名簿に登録された。
 宇都宮地検は無罪判決後の先月29日、足利市に再審結果通知書を郵送。市は「犯罪人名簿」から菅家さんの名前を削除した。菅家さんは09年6月に釈放されたが、再審公判中は「無期懲役刑の執行停止状態」に置かれていたため、公職選挙法の規定で同8月の衆院選では選挙権が認められなかった。
 選挙権の回復を受け、菅家さんは「足利市民として選挙に行き、社会に参加したい」と話し、今年7月の参院選で投票する意向を示した。【吉村周平】

 最近、名張毒ぶどう酒事件の差し戻し決定があって、さらに足利事件の菅家さんの選挙権回復なんていうニュースを見たので、「昔は怪しげな逮捕や判決がたくさんあったんだろうなぁ」なんてふと思っていました。そんな対岸の火事気分で毎日新聞のニュースサイトを見ていたら、その記事のすぐ上に・・・

郵便不正公判:「自立支援法」供述 副検事が誘導認める(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/today/news/20100414k0000e040073000c.html

 郵便不正事件で、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた厚生労働省元局長、村木厚子被告(54)の第17回公判が14日、大阪地裁(横田信之裁判長)であり、当時の部下らを取り調べた牧野善憲副検事(42)が出廷した。「障害者自立支援法のため野党議員に配慮する必要があった」とする部下の供述調書について、牧野副検事は「当時は法案はなかったかもしれない。私の方から水を向けた」と述べ、動機を調べる経緯で誘導があったことを事実上、認めた。
 牧野副検事は当時の社会参加推進室長(59)らの取り調べを担当。弁護側は「04年4月当時、法案提出に向けて動いていたが、野党が反対していた」とする室長らの供述調書を明らかにしたうえで、「法案は当時あったのか、室長が自分で言い出したのか」と質問。これに対して、牧野副検事は「法案を通すための下地という意味だった」と述べ、事実上存在しなかったことを認めた。さらに提出に向けた当時の動きを裏付ける資料がなかったことも明らかにした。
 大阪地検特捜部は捜査段階で、同法成立を目的にした野党議員への配慮が事件の背景にあったとみて調べていた。しかし、同法成立は05年10月で、これまでの公判で、室長が「法案について聞かれ、『知らない』と答えたがつなぎあわされた」と調書の内容を否定。他の職員も「04年当時は法案はなかった」と一様に否定していた。【日野行介】

 あー、昔だけじゃなくて、今でもあるんだなぁとガックリした気分に。そういえば事件自体は昔でも、昔のDNA鑑定の信頼性が地に落ちたのにそのまま死刑にしてしまったような「事件」(森英介法務大臣が人殺しになる日)もありましたし。
 ちょっと今週は忙しいので、今日はごくごく簡単に。


ニュース | 【2010-04-14(Wed) 19:14:30】
Trackback:(0) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Google Ad
CalendArchive
サイト内検索 by Google
カウンター
リンク



このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。